ー松平氏の発言ー

2000年『シドニー五輪〜「五輪を語る」全4回〜』

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第1回

「42歳で金メダルを取った。日本へ帰ってきて、友人に言われたよ。
 「あんたの人生終わり。もうよせ」。本当にそう思えた。
 もう、あの後は人生の余力でやってるようなものなんだよ。」

「選手が少年マガジンの表紙に3回載った。これは誇りです。あの本は若者の象徴だった。応援がなかったら、
 一緒に喜んでくれる人間がいなかったら、金メダルの意味は半減ですよ。」
第2回

「1961年の欧州遠征で日本男子は22連敗した。女子は「東洋の魔女」なのに
 男子は「世界のクズ」と言われたんだよ。3年後の東京五輪では、頑張って銅メダルを取った。
 なのに、新聞の見出しは「男子は銅で終わる」。ジャーナリズムは薄っぺらい。
 表に出てきているものだけを追っかけている。 」

「五輪で勝ったときに喜んでくれる人を増やしたかった。共感を呼ぶ人が多ければ、影響力が大きいから。
 それと、スターづくりをしたかった。みんなから注目されれば選手も「裏切るわけにはいかない」と思う。」
第3回

「リベロはどうしてもやりたかった。背の小さい人に夢を与える。
 このままじゃバレーがこれ以上世界に普及しないと思ったから。
 大きい選手だけのスポーツになってしまう。」

「(ラリーポイント制は)日本に有利か不利かという点で言えば、これは決定的に有利。
 W杯でも接戦が多かった。」
第4回

「アトランタから4年間「一生懸命」やってきたんだろう。だが、一生懸命はだれでもやる。日本代表ともなればね。
 「命をかけてやったのか」と問いたい。人生、あるいは半生をかけて、という気持ちが足りない。
 五輪に出てメダルを取る。そのことを監督も選手もどれだけ真剣に思えるか、ということ。
 その気持ちで10年頑張ると結果が出るんだけどね。」

「「非常識」の積み重ねの延長にしか、金メダルはない。それまでの常識の範囲内では、いくらやってもだめ。
 ほかの国とは、その差が出ている。」

「よく強化と普及を分けて考えるけど、チャンピオンをつくることこそ、本当の普及だよ。
何千回の講習会より金メダル。」

「プレッシャーのない人生なんてくだらない、と言いたい。周囲の声援が最初はうれしい。
 それが徐々につらくなってくる。それを、ありがたいと感じてくれば乗り越えたことになる。
 「こんなに期待されているんだから頑張らないと」と思えれば。人間は自分で追い込まないと、力は出ない。
 五輪の金メダルはすごいことだよ。私にとっては人生そのものなんだ。」


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